親のまなび 特別編 「失敗の本質の本質」 ~教育こそが全ての根源~


親のまなび

特別編 「失敗の本質の本質」

~教育こそが全ての根源~

 

人類の進化とは前頭連合野の機能を高めることであり、子育て・教育が目指すべきはそこにあると言っても過言ではありません。これは「受験通信教育」の第七話で述べたことです。

しかしながら、日本の子育て・教育は今まで個別的なIQを高めることに偏重し、それらの各知能を参照にしながら問題解決する能力、人と関わる能力、いわゆる前頭連合野の機能を高めることに重点を置いていませんでした。IQテストは米国陸軍では人材鑑別に役に立たないとしてすぐに廃止されたと聞きます。受験勉強も、これからの時代が要請する人材育成にはあまりつながりません。多くは才能の浪費と均質化をもたらすだけです。米国ではデジタル時代に続く「量子時代」の到来を見据え、一部で中高生の段階から量子技術に触れる人材「量子ネィティブ」の育成が始まったと言われています。

昨日は発達心理学担当の吉田瑞希先生とZOOMで話しました。吉田先生は韓国や米国の子育て・教育にも造詣が深く、私の情報源でもあります。先生いわく、①韓国では日本の様な幼稚園受験、小学校受験準備はありません。良い学校に進みたい場合はその学校の近所に移り、後は抽選です。②中学受験も日本ほど厳しくはありません。③大学受験は厳しいですが、今までの勉強以外の活動が評価されます(例、奉仕活動等)。米国でも同様です。日本では受験の成績だけで合格できるので驚いています。⑤韓国では米国に留学して学ぼうとする人が増えていて、これは日本と正反対の現象です。

筆者がアメリカの経営大学院を受験するときも、いわゆる知識の量を測る選考課程はありませんでした。しかし、総合的に評価されました。特に、責任ある立場の人による推薦状が決め手でした。私の場合は慶應ビジネススクールの小林則威教授(当時)にお願いしました。最終選考段階で日本人卒業生代表の富士ゼロックス社長の小林陽太郎と日本在住のアメリカ人の卒業生との面接考査がありました。ある意味、知識の量を測る考査より厳しい面があります。

コロナ禍を契機に日本の為政者や官僚が問題解決能力に欠けていること、日本が全ての面において遅れていることに国民が気が付き始めました。最近娘がイスラエル在住の日本人の友人からコロナの件でメールを貰いましたが、その文中に「日本はもう全ての面で後進国です」と書いてありました。

敗戦後の焼け野原から必死の思いで立ち直り、高度成長を遂げた後、平成の時代から停滞が始まり、この30年で、気が付くと日本は多くの面で後れを取ってしまいました。「失敗の本質」の本質は何なのでしょうか。それは子育てと教育と言えます。それが生み出したエリートの矮小化とでも言いましょうか。

明治維新の動乱期には人材を輩出しましたが、彼らは下級武士の出身であり、多くは藩校等の正規の教育をあまり受けていませんでした。松下村塾といえども一私塾であり、であるからこそ新時代の息吹を学ぶことができたと言えます。福澤諭吉にしても、下級武士の次男坊であったので藩校に行かずに済み、緒方洪庵の適塾でオランダ語を通して西洋について学ぶチャンスがありました。更に、洋行の見聞により西洋のリアリティを学ぶことができました。その時代の正規の教育システム(江戸時代は藩校)はその時代の体制を存続する目的があるので、その中からは変革者は出にくいのです。

明治も23年(1890年)になりますと日本の教育の基本方針として「教育勅語」が発表されました。やがて「教育勅語」は国民教育の思想的基盤として神聖化されました。また、教育内容にしても、制度は整備されましたが均質的な人材を育むための暗記や習熟中心の上から教え込む教育となりました。そのためか、この教育の下で育った世代の人材は小粒の場合が多く、その様な人材が支配層を占めていたので昭和初期の困難な時代に国の方向性を間違えてしまうことになったのです。

本日は2月26日なので、余談として歴史の細部、二・二六事件の話に触れます。

当時、特に程度が低かったのは日本の軍人でした。当時の軍人は「軍人勅諭」しか読まないと言われ、幼年学校や陸軍大学で学ぶものは軍事に関するものに偏重していて狭隘な軍人を作る原因となりました。陸大では、陸大での成績が生涯の進路について回りましたが軍事バカが多かったのは事実です。東条英機なども「精神論」でしか物事を語れませんでした。この状況を「軍人が国の道を誤るのではないか」と危惧したのが秩父宮殿下であり、秩父宮が陸軍で最も信頼した部下の一人である安藤輝三中尉でした。安藤中尉は永田鉄山軍務局長と直談判し、「将校の教養」を高めるための膨大な教育予算を獲得し、自らがその運営責任者となり、各界の識者を招聘し定期的に講演会を開催しました。安藤中尉(後に大尉)の父は当時慶應大学予科の英文学の教授で、福澤諭吉の『学問のすゝめ』に触発され、岐阜揖斐の田舎から16歳のときに英学を学ぶべく徒歩で上京し苦学した人で、家には額装した『学問のすゝめ』の一文が常に掲示されていたそうです。筆者の祖父にあたります。青年将校の安藤輝三は叔父です。

やがて軍部は「国内改革」を唱え得る「皇道派」と「海外進出・領土拡大」を推進する「統制派」に分かれていきます。「皇道派」の将軍は戦線不拡大とソ連に対する警戒を唱え、青年将校は「国内改革」を主張しました。当時の日本国民の窮乏は昭和恐慌と冷害で凄まじく、尉官たちは預かっている兵を通して国民の困窮に直面し、危機感を覚えました。安藤大尉も当時給料の3分の2を兵のため使っていたと言われています。安藤大尉は後に二・二六事件の首謀者となり、永田軍務局長は「統制派」の頭目となりました。二・二六事件失敗により戦争抑止力たる「皇道派」を一掃した軍部はいよいよ本格的な大陸侵攻を始めますが、その中でも戦線拡大をあくまで阻止しようとしたのが秩父宮でした。しかし、原因不明の病にかかり病気療養の身となり死亡します。二・二六事件は軍部の人事を握った「統制派」が「皇道派」の青年将校達を満州の戦地に送り皆殺しにしようとしたために暴発したもので、関東軍では東条英機が手ぐすねを引いて「皇道派」の青年将校達が満州に来るのを待ち構えていました。安藤大尉も本来は別の解決策を考えていましたが仲間を見捨てることができず、可能性に掛けたのです。安藤大尉の実家には秩父宮から拝領した書簡が行李一杯保管されていましたが、筆者の父が全部焼却しました。秩父の宮が健在であれば終戦はもっと早かったでしょう。事件は天皇の大反対により失敗しましたが、敗戦という犠牲を払って、「皇道派」青年将校達が願った社会変革がもたらされました。

1935年にノモンハン事件が起こり、日本軍はソビエト軍に大敗しますが、ソビエト軍の情報分析将校は「日本軍の下士官は勇猛だ、しかし高級将校は驚くほど無能であった」と証言しています。高級将校とは陸大卒の高級将校達のことです。これは日本型の教育の欠点を述べているに等しいのです。また、太平洋戦争での米兵の証言の共通点は「日本兵は勇敢だが、同じパターンの攻撃しか仕掛けて来ないので容易に対処できた」という感想です。これも、ノモンハンの場合と同じ現象に思えます。将校たちが思考の柔軟性に欠けるのです。

今のコロナ禍でも似たような状況ではあるまいか。国民は皆真面目に防疫に協力するが、為政者や高級官僚は問題解決能力に乏しい。また、東京オリンピックも本来は必要なく、政治家の利権と国民に「パンとサーカス」(古代ローマの政治手法)を与えるためのものに過ぎないと思います。別の表現を使うならば、若者にsportとsongとsexを与え、知性が優れているものには受験を与え、国民を問題から目をそらせ「羊化」させようとしているとしか思えません。これも衆愚政治の一形態で、ローマもギリシャも衆愚政治に陥り滅びました。東京オリンピックより他に行うべき喫緊の課題は無数にあります。

日本も高度成長を牽引してきた人は、敗戦という乱世を生き抜いた人たちでした。戦後社会が安定してきてから教育を受けた人々は、激しい受験戦争を戦ってきたのにも関わらず、内向きで、保守的で、平成の大停滞の中でその仕事人としての人生を過ごしてきました。サラリーマン社長からは革新的なビジネスは成長しづらかったと言えます。

企業家として成功した人のグループは二手に分かれます。一つは、海外留学組です。創業者としてはソフトバンクの孫正義、楽天の三木谷浩史、オリックスの宮内義彦等です。もう一方はたたき上げの創業者たちです。代表選手は日本電産の永守重信です。永守氏は職業訓練校の出身です。永守氏はブランド校出身者が真の教育を受けていないことを実感し、私財を投入して京都先端科学大学を創立(京都学園大学を改変)し世界で活躍できる若者育成を目指しています。

現在の日本は戦前の日本と同様に閉塞状態に陥っています。直面する課題を解決できない為政者。根本的解決は子育て・教育の大改革から始まります。フィンランド等の北欧諸国も1990年代の経済危機のときに大胆な子育て・教育改革と未来に向けた産業政策を行い、小国ながらも今では中国に対抗しうる5Gの先進国です。

東京農業大学稲花小学校では昨年度事前面接用質問票において、「志願者が社会人になる頃、社会はどのような能力や人柄を求める様になると思いますか」という1080字以内で答える項目がありました。多くの課題を未解決のままにして子ども達に背負わせようとしている現在の日本の20年後、30年後のシナリオを想定するとき、教育においてどの様な能力を身に付けさせるかは、極めて大切で、切実な問題であると思います。

2021年2月26日

文責 GLE(Global Leader Education)

安藤 德彰