3-1 レジリエンスとは? ~育児と発達心理~


3章 レジリエンス 1節 レジリエンスとは? ~育児と発達心理~

「一人の子どもを育てるには、一つの村が必要である。(It takes a village to raise a child.)」これはアフリカのナイジェリアで言い伝われていることわざです。子供一人を育てるのに一つの村全体の大人達の知恵と協力が必要であるという意味です。日本では子供一人を育てるのに必要な教育費(幼稚園から大学まで)は780万円から3000万円と言われています。つまり、子供一人を育てるには社会全体の知恵や協力だけではなく、経済的にも相当な負担がかかるということです。大事な我が子をきちんと育てたい一心で、多額な教育費を投資してエリートコースに入ったとしても、実はそれはゴールではなく、まだまだ長い人生の中、沢山あるスタート点の一つに過ぎないのです。
2016年東京大学の学生生活実態調査で、世帯年収は950万円以上が62.7パーセントと発表されました。アメリカのハーバード大学学生の親の世帯年収は12.5万ドル(約1,300万円)が52パーセントと言われています。この結果だけを見ると、日本だけではなく、アメリカでも子供を名門校に入れるには、幼児期からの習い事や、私立一貫校への進学などの多額の教育投資が必要とされるという結果に結びつきます。しかし、恵まれた環境で育った子供でもいわゆる名門とはかき離れた学校に進学する子供もいます。一方、貧困かつ不幸な環境におかれながらも、名門校の合格を勝ち取り、専門職に就き、貧しかった子供時代の影などまったく感じさせない人生を送っている人もいます。さて、どうすれば統計調査の結果を裏返し、親の経済的能力がなければエリートコースは難しいという偏見を覆せる事ができるでしょうか?
1955年より、アメリカの精神科医、心理学者達が集まり、ハワイのカウアイ島に生まれた子供達698人を生涯に渡って追跡調査を行いました。この研究は当時はどのような要因が社会的不適応者にさせるかに関心があって行ったのですが、この研究を主導していたアメリカの心理学者であるアミ―ワーナー教授は予想もしていなかったことを見つけ出すのです。研究対象の中でも劣悪な環境にある201名を選び、研究を続けていたのですが、3分の1にあたる72名の子供達は非行に走るどころか、むしろ裕福な家庭でなおかつすべての教育条件を備えた環境で育ったかのように立派に成長していました。そして、このように劣悪な環境にも負けずに克服できる力をワーナー教授はレジリエンスと名付け、これがレジリエンス概念の誕生のきっかけとなったのです。また、ワーナー教授はもう一つの共通点を見つけるのですが、それは、レジリエンスの高い人たちの幼少期には例外なく、どんな時でも、どんな状況でも、まず子供の立場を無条件的に理解し、受け入れてくれる大人が必ず最小限一人は存在していたという事です。つまり、母親、父親もしくは両親がアルコール中毒などの精神病を患っていて、両親の離婚や別居などによる貧困な生活を送っていても、誰か最小限一人が子供の事を無条件に理解し、愛情を注ぐ人がいればその子は将来、高いレジリエンスの持ち主となり、きちんとした目標意識をもって高いセルフエスティームを働かせ、期待される位置にまで登れるとのことなのです。高い教育費を投資しなくても、子供の一番の理解者になってあげるだけで子供は千軍万馬を得た武士のようにすくすくと前へ進み成長できるのです。半面、高い教育費をかけ、1から10まで指導するマネージャーのように子供を導き、なんとかエリートコースに入れる事ができたとしても、長い人生で一度は経験するであろう困難や試練に直面した時、すぐ心が折れ、立ち直れないというのはよくある話です。
子育てに答えはありません。名門校に入れたとしても、医者になれたとしても、検事になれたとしても、大企業に入れたとしても、それはゴールではなく、沢山のスタート点の中の一つの点に過ぎないです。書店では「このようにしたら東大に入れる」というような手引書をよく目にします。日本一名門校である東大はとても魅力的であることには間違いありません。でも、あくまでもそれは長い人生からすると、一つのスタート点に過ぎないのです。そこからは卒業、就職、結婚など様々な人生の節目が待ち伏せています。大学卒業後の世界は学業のように頑張れば必ず結果が出る世界ではなく、本人の努力だけでは解決できない多くの挫折や敗北感を味合うこともあるでしょう。レジリエンスの高い人はそういう時こそ底力を発揮し、立ち直り、それをバネにしてむしろ前より成長できるのです。それでは、レジリエンスを育む育児法を次のコラムで紹介したいと思います。

2020年7月9日 GLE 発達心理学担当 吉田瑞希


About 吉田瑞稀

聖心女子大学(卒) 人間関係学専攻 UCL University of London大学院(卒) MSc in Psychoanalytic Developmental Psychology (修士:精神分析的な発達心理学専攻) 淑明女子大学院 児童心理治療専攻(博士課程終了) プレイセラピスト